山形県/酒田市 
日本海側・北前船の基地として北国一の規模を誇った酒田港。この酒田に(途中象潟に出かけたものの)8日間(注1)滞在し、俳句の会などにも
出席しています。
 『お国自慢のHP』の管理人としては、仙台及び同じ東北の米の船出し港として栄えていた石巻との比較でがっかりしてしまいますね。仙台でも
宿の提供者が無かったものの知り合いの関係人に枕詞の地を案内して貰っているのでまず良しとして、多賀城・塩釜・松島を訪ねた後、石巻に
到着。湾内に数百の廻船が集まり、人家も隙間無く建つと描写しながら、『道を間違って石巻に入り、宿を借りようとしたが貸す人もいない(注2)』
と厳しい。この辺の差が気になりますね。

酒田には豪商はじめ裕福で俳句を嗜む文化人が多くいたということでしょうね。

注1.どうも9泊しているような気がするのですが、公式(?)発表は8泊なのです。
注2.松島から石巻に向かう途中喉が渇いて困っている時助けて貰った人から、石巻での宿提供人も紹介してもらっています。
 
写真:日和山からの酒田港と日本海。手前の川が新井田川、細く見える川が最上川。日和山公園には、酒田を訪れた文士や酒田出身の文壇で
活躍した人など29基の文学碑が建立されています。日本の都市公園百選の一つになっています。
 
 芭蕉と曾良は(出羽三山)羽黒山を出て鶴岡へ行き、長山重行の家で俳諧一巻を作った。川舟に乗って
酒田の港に行き、淵庵不玉(えんあん ふぎょく)=伊東玄順という医者の家に泊まり、句を詠んだ。
一行は、新暦7月29日-8月9日滞在した。うち、7月31日-8月2日秋田県象潟に宿泊。

新暦7月29日、寺島彦助宅の安種亭に招かれ、句会が催された。
暑き日を海に入れたり最上川 …今日暑さを全部海に流し込んでくれている最上川。

象潟から戻り、新暦8月4日、不玉邸で芭蕉・曾良・不玉の三人で歌仙が始まり、6日に終わった。
あつみ山や吹浦かけて夕すずみ …はるかに見渡すとあつみ山から吹浦までが一望の下に広がり、ゆったりと
夕涼みが出来ることだ。

新暦8月8日、「玉志」近江屋三郎兵衛宅で即興のまくわ瓜の句が作られた。
初まくわ 四つにや断たん輪に切らん

日本最古の木製の灯台がある日和山公園。 芭蕉像
暑き日を海に入れたり最上川 の句碑 まくわ瓜の句碑
温海山や吹浦かけて夕涼み の石碑 逗留した、不玉の句碑
安種亭の跡地
不玉宅を示す道標。写真中央の建物辺りが「玉志近江屋
三郎兵衛宅」跡地。
芭蕉一行が逗留した不玉亭の跡地石碑。山居倉庫から川を渡り市役所の脇を真っ直ぐ来たところに有ります。
写真左は廻船問屋「旧鐙屋」。井原西鶴の『日本永代記』にも酒田の町に鐙屋という大問屋…と記載される。
右は、当時日本一の大地主、本間家の旧本亭。
これら大富豪の前の通りに面し前述の寺島彦助宅の安種亭、玉志近江屋三郎兵衛宅跡が有ります。