名取市・笠島 藤原実方の墓
 江戸の千住を旅立つこと35日、現名取市笠島の郷に入っ
た。
その昔、平安中期の歌人「藤原実方」は、左遷で陸奥守とし
て、みちのく多賀城に赴任してきた。古より、歌枕に歌われた
陸奥の国に来て(今で云う海外旅行並)、見るもの聞くものが
楽しくてしょうがなかったと言われている。
 ある日、ここ名取市笠島の道祖神・神社の前を下馬せずに
通り過ぎたら落馬してしまい、これが原因で死亡してしまった。
そののち、西行がこの地を訪ね、
朽ちもせぬ その名ばかりを とどめ置きて 
     枯野の薄 かたみにぞ見る
(山家集)」
と弔いの歌を歌った。
これらの話にある実方の塚を、芭蕉は訪れようとしたのであ
る。

←この前の道を、実朝は通り、落馬したといわれている。
  

◆参考地図 道祖神社 Map  実方の墓 Map
正一位 道祖神の表記がある鳥居。下の、実方の塚から徒歩15分位南のところにあります。右上は本殿。
笠島の地に入り、藤中将(とうのちゅうじょう)実方の墓はどの
辺にあるか、訪ねたところ「ここからはるか離れた右手に見え
る山際の村里を箕輪の笠島といい、道祖神や塚、形見のスス
キなどがある」と教えてくれた。しかし、このごろの五月雨で体
調が悪く、疲れているので遠くから眺めやるだけで通り過ぎる
こととする。


ここで一句。
 笠島は いづこ五月の ぬかり道
…実方ゆかりの笠島は何処らへんか。この五月のぬかり道では訪ねる
ことも出来ない。


白石から角田に向かう途中に、笠島地区( Map )と言う所が有ります。
白石宿から北上して大河原宿、東進すると角田市に向かいその街道の
右手に笠島地区が有り、『右手に見える』、仙台までの道中、南の岩沼
より北側の『名取市/笠島』に向かった事になっている等、
芭蕉は道を
間違った
と言う説の根拠になっています。 
  

→右は、鞍掛け石と呼ばれ、実方が鞍を掛けた石と言われるもの。
実方の墓は、山際に点在する農家の裏手にある。 農業用水路の橋を渡り、中に入ると、『笠島…』の句碑がある。
これが、かたみのススキとされているもの。 上の、右の細道を奥に入り突き当たると、土がこんもりして
いる実方の塚とされているところに着く。