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| ↑北陸自動車道・親知らずIC近くから、子知らず方面を見る |
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| 新暦8月26日、市振の関に泊まった。 今日は、親知らず子知らず・犬もどり・駒返しなどという北国一番の難所を越えて疲れたので、枕を引き寄せて寝てい ると、一間隔てたおもての方の部屋から若い女二人の声がしてくる。 年を取った男の声も混じって世間話をしているのを聞くと、越後の国・新潟と言う所の遊女であった。 お伊勢参りをするというので、この関まで男が送って来て、明日は故郷に返す手紙を書いてちょっとした伝言などをし ているようである。白波が押し寄せる浜辺の町に遊女として身を晒して、漁師の子のごとくひどく落ちぶれて日々客を 取り当ての無い契りを交わす生活を送る私たちの因縁は何なんだろうなどと言う話を聞きながら寝込んでしまった。 翌朝旅立つときに、我々に「どう行ったら良いか分らない旅、不安で悲しくございますので、見え隠れ程度で宜しいで すから、貴方様方のあとを付いて行きたく思っています。僧衣をまとっているお情けとして、仏の大慈をお恵み下さい まして、仏道との縁を結ばせてくださいませ」と涙ながらに訴える。 「気の毒なことでは有りますが、我々はあちこち寄り道しながらの旅。あなた方は、ただ人の流れに任せて後をつい て行きなされ。伊勢神宮のご加護の下、きっと無事に着くことが出来るでしょう」と言い置いて出発したものの気の毒 だったなぁという気持ちがしばらく納まらなかった。 一家(ひとつや)に遊女もねたり萩と月 …一軒の家に我々と共に遊女も寝ていたよ。まるで、地上の萩と天上の月のような組み合わせだった。 曾良に話すとそれを記録してくれた。 ●新潟から日本海側を南下するこのコースは、北陸自動車とほぼ同じです。何かにつけてこの道路を通過していますが「ゆかりの地」を ひとつひとつ探訪するチャンスがないことから車窓からの風景を使って、奥の細道「市振」の項をまとめました。 |
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| ↑ 鉢崎あたりの光景 ・米山 Map | ↑ 名立あたりの光景 |
| 弥彦から寺泊−山田と通り出雲崎で宿泊し、新暦8月19日に鉢崎(はつざき)まで進みここで宿泊した。 翌、20日今町(現・直江津、上越市)に到着し、古川市左衛門の家に宿泊(2泊)。 その翌日は、高田の医師春庵宅に呼ばれ高田に宿泊。 毎日雨が降り続けここに足止めを喰らったようで、2日更に宿泊し、新暦8月25日名立(なだち)に向けて出発した。 実際には更に足を伸ばし、能生(のう)の玉屋に宿泊した。 Map |
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| 翌26日、途中糸魚川で休憩を取り、いよいよ断崖絶壁の下の海辺『子不知(こしらず)、親不知(おやしらず)』の難所 を通ることになる。 ↑糸魚川の付近の景観 |
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| 北陸自動車道からみる『親知らず』 | |
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難所を通り抜けやっと市振に到着する。 Map ←jusinさん提供の市振・長円寺の『一家に…』の碑 |